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『終わらない20世紀』レビュー(その2)

こんばんは、シタン先生です。


今日も読書レビューをします。明日あたりは、読書レビューに加えて、漫画レビューも出来たらなぁと思っています。


今日は、前回に引き続き『終わらない20世紀-東アジア政治史1894~-』第1章です。

石川捷治・平井一臣[編] 『終わらない20世紀-東アジア政治史1894~-』 法律文化社 2003年


第Ⅰ部 近代のパラドックス・抵抗と受容 -1894~1930年-

第1章 「近代国家日本の登場と東アジア国際秩序の再編」

<本文の要約>
 本章では「20世紀とは、東アジアにとって何であったか」という問題について、「近代化の世紀」(同書 21頁)とした上で、日本を中心に据えつつ、東アジアの動きと時間の流れを追っている。

 東アジアにおける近代は、
①文明開化・・・すなわち、資本主義化
②強力な中央政府と「日本人」
③明確な境界線(国境、県境)
をもたらした。このように新政権の首脳たちは、近代化をなしとげ、不平等条約を改正、ひいては欧米と対等になるために、経済・社会制度から国家機構にいたるまで、すべてを変革した。それは即ち、東アジアに存在してきた冊封体制を破壊することであった。日清戦争における日本の勝利は、冊封体制の崩壊と欧米の国際秩序が東アジアに流入したことを意味した。その後、日露戦争を経て、日本は東アジアで唯一、主権と植民地を持ち合わせた国家になった。しかし、日本が参入した国際秩序も、大規模な再編期に入る。勢力圏が変化したのみならず、東アジアが国際秩序という「正しさ」を武器に抵抗を始めたのである。

 欧米国際秩序の一部となったように思われた日本であったが、第一次世界大戦が外から、そして内から日本を揺さぶる。
 外はすなわちアメリカとロシアのことである。アメリカ大統領ウィルソンが提唱した「14ヵ条」は、「秘密外交廃止」や「国際平和機構の樹立」「民族自決」といった、人々をとらえる理念を提示した。一方のロシアにもレーニン率いる社会主義政権が出来る。それは、既存の政治・社会および国際秩序すべてに、根本的なところから反旗を翻す勢力の登場を意味していた。
 そして、ここにいう「内」とは、日本国内における「大正デモクラシー」を指す。以下、本章の記述を引用する。
「この政治運動は『憲政擁護』の運動といわれ、天皇が『与えた』憲法を、人々の側が政権担当者に『守る」』ことを要求し始めたもの」(同書 31頁)である。しかし、その運動は必ずしも帝国主義や植民地支配への批判にはならなかった。つまり「内に立憲主義、外に帝国主義」だったのである。
 東アジアでも新しい動きが始まっていた、例えば、中華民国における文学革命は国民精神を奮起させるための動きであった。そして、先述のように、国際秩序という理論的武器を手にした東アジアは「3・1運動」あるいは「5・4運動」という形で抵抗を示したが、日本はその動きを武力で潰した。

 米ソとも新時代の理念を掲げて登場したが、1920年代当時はウィルソンが優勢だった。「国際連盟」が発足したからである。しかし、アメリカは結局参加せず、ソ連もフィンランド侵攻で連盟を追放されるという中で「国際協調」の時代が始まる。ちなみに、この時代の国際秩序は「ヴェルサイユ・ワシントン体制」と言われる。しかし、この秩序は必ずしも日本に利益をもたらさなかった。そこで日本は「人種平等の理念」を提唱するがこれも失敗に終わる。しかし、それでも日本はこの国際秩序を正面から排除しようとはしなかった。

 しかし、その「ヴェルサイユ・ワシントン体制」も、「世界恐慌」を機に、次第に動揺し始める。両体制共に、経済の安定に寄与する機構が存在しなかったのである。欧米諸国は植民地との間に経済圏を作ったが、植民地がない日本に於いては「満州は日本の生命線」という考え方が浸透していった。東アジアの国際協調体制はほころびだしたのである。


<コメント>
・各項目毎に見た場合、出来事の説明としては非常に分かりやすい。しかし、その説明で筆者の問題設定が達成されたようには見えない。
・筆者の問題設定において、日本を中心に置く理由が分からない。
・時間の流れを追っている、とする問題設定の通り、時系列的そして各項目毎にまとめてある。しかし、そのせいで各項目間のつながりが見えにくくなっている。
・回りくどい文章表現のため、筆者の意図が見えにくくなっている部分がある。
・大正デモクラシーなどでは、一般の説明とは異なる説明がなされており、非常に興味深い。


※すみません、論点に関するコメントは後ほどアップします。上手く文章にならなくて・・・。


遅れてしまい、大変申し訳ありません。以下、追記です。

(筆者の「国際協調」の捉え方について) 筆者は本章において「国際協調」という概念を使用しているが、明確には定義していない。
 41頁には以下のような記述がある。
「1933年、『ヴェルサイユ体制打破』を掲げるナチスがドイツで政権を獲得した。同じ年、日本は国際連盟を脱退した。『国際協調』体制は分裂と抗争に入り始めていた」
 この記述から、やや逆説的ではあるが、「『ヴェルサイユ・ワシントン体制』での、安定した時代において各国が歩調を合わせる事」を指していると推測する。このように考えると、経済で「国際協調」が打撃を受けたとの記述も理解できるのではないか?
※また、39頁には「東アジアの国際協調体制」とあるがこれについても、その意味が分かりにくくなっている。


(序章との整合性について) 
 序章では、第Ⅰ部を「東アジアの『長い20世紀』の始まりを概観する。・・・(中略)・・・そこでは、東アジアにとって近代化は実際にいかなる内容で、どのような意味を持っていたのか、そしてその近代化の過程においていかなる問題が生じていったのか、まさに東アジアにおける近代のパラドックスが明らかにされる」(同書 15頁)と紹介している。しかし、その観点で第1章を見た場合、近代化が持たしたものと東アジアにおける近代のパラドックスの関係は、残念ながら明らかになってはいない。要約を見て頂ければ分かるが、その①~③の項目と、近代のパラドックスとの関係の間に繋がりが見えにくいのである。


 その他、日本政府が採った「金本位制」への回帰政策と世界恐慌の関係などが今ひとつ理解できなかった。著者には豊富な問題意識があると拝察するのだが、それを効果的に読者に伝えられていないように思われるのである。
(追記、終了)

最近、読むペースが少し落ちてきているんですよね(汗)もっと、頑張らないと!!


読んで下さってありがとうございました☆それでは♪


クリックして貰えるとやる気が上がります!!

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その2も…

やっぱりシタン先生は我らがゼミアイデンティティを持っておられるだけあって、飲み込みがはやいですね。ほんとうに驚きです。コンパクトかつ要点がまとめられています。どこで覚えられたかは知りえませんが、筆が立ちますね。

「疑問を大切に」して、そこから論点を抉り出してください。そして、ゆくゆくは、あの毎日に実証性をもたらして下さい(笑)。

遅くなりました!!

追記が完成しました!!出来は自信ないです(汗)レビューはまだまだ未熟なので、コメント頂けると非常に助かります。

それでは、コメントありがとうございましたノシ

なるほど☆

確かに、「国際協調」は定義が明確ではないかも知れませんね。次回、読み直して見ます。いやあ、鋭いですね。

ですが、シタン先生は正直ですね。『学問』のレヴューは、面白いです。
ですが、私は個人的には中島義道
『哲学の道場』ちくま新書が学問論
になっていると思います。
見方によっては、暗いですが(笑)
けど、学問なんて悩むのが重要ですから明るいはずがないですよね。

>>はらださん
何とかチャレンジしたのですが、説明している箇所が見あたりませんでした。別に鋭くはないですよ(笑)

『哲学の道場』、是非読んでみたいと思います!!いつか、レビューにもチャレンジしたいですね☆言葉には気をつけつつもなるべく本音で語るのが目標です(笑)

コメントありがとうございました!!
ではではノシ
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