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『二十世紀の戦争と平和』レビュー(その3)

こんばんは、シタン先生です。


調子は相変わらず悪いのですが、そろそろ記事をアップしなければいけませんよね(汗)

ということで、今回は入江昭氏の『二十世紀の戦争と平和』第3章をレビューします。

では、いってみましょう。

入江昭『二十世紀の戦争と平和【増補版】』東京大学出版会、1986年。


第3章「世界大戦への道」

<本章の目的>
 第一次世界大戦中、米ソ日で深まる「戦争と平和」に関する議論を追う。


<本章の要約>
一、ヨーロッパの内戦から世界戦争へ
 ヨーロッパでは第一次世界大戦開戦当初、一般市民が熱狂的な態度でこれを迎えたが、その背景には「ナショナリズムの発露としての一体的経験」を重視するという考え方があった。社会各層の対立は一時的に忘れ去られ、国家という統一的シンボルの下で、すべての市民が協力し合うことが美徳とされた。戦争の経済的コストはそれほど重要視されず、いわば政治的心理的価値が強調されたのである。しかしながら、戦争が長期化するにつれて、戦争の意味や目標について次第に真剣な議論がなされるようになる。そして、早期講和論も登場するようになるのだが、その妥協平和の具体案(戦後秩序)を見いだすことができずにいた。そして、その任はアメリカに移っていく。

二、米国の役割
 アメリカでは、当初戦争と平和に関する議論はヨーロッパのそれの焼き直しにすぎなかった。しかし、ヨーロッパ大戦の長期化によってその状況は一変し、アメリカは独自の見方を鮮明にさせる。その特徴として、①ヨーロッパ大戦は「旧世界」の旧態依然である勢力均衡外交の産物である、②国際強調による平和の維持、③将来の平和のためには国内改革がなされなければならない、といった独自の平和論が生まれた。しかしながら、結局アメリカは「戦争をなくすための戦争」、「民主主義のための戦争」、「改革運動(crusade)としての戦争」といった正当化論理を以て第一次世界大戦に参戦した。これは独りよがりな見方ではあったが、思想的には一貫しているとも言える。

三、ボルシェヴィズムと平和
 アメリカのこのような動きに対してボリシェヴィキ党は真っ向から対立した姿勢を見せていた。彼らによれば、資本主義国家観の戦争は、それが如何なる口実の下に戦われようと、帝国主義的抗争に他ならず、労働者や農民との利益とは無関係なのだとした。そして、戦争を継続して民主的改革をもたらそうとする米国の立場と対照的に、まず何よりも戦争を終結させ、その上で世界革命を企てようとしたのである。ただし、両者とも、戦争と平和とを正反対のものてとらえず、「平和のための戦争」とか「革命のための戦争と平和」というように、相対化してみていたのは注目すべきである。しかし、そのような考えの下ドイツと和平を結んだボリシェヴィキ政権は、その後干渉戦争という新たな戦争に巻き込まれることになる。

四、日本にとっての戦争と平和
 当時の日本の戦争と平和に関する思想もヨーロッパの影響を多分に受けたものであった。しかし、ただ唯一「日本的」な意味合いを持っていたアジア主義ないし人種論的な国際観には触れる必要がある。日露戦争を経ても日本にはある種の孤立感があった。例えばアメリカにおける移民排斥やドイツにおける「黄渦論」などが、日本人の国際意識に影を落としていたのである。このような意識から、次第に「人種間の対立は不可避」との考え方、さらにはそこから発展して「アジア主義」の基調となっていった。そして、平時のうちにアジア大陸への進出を図り来るべき人種戦争に備えるとする考え方が生まれる。
 日本的な平和の観念を更に明白に唱えたのが、近衛文麿の「英米本位の平和主義を排す」である。これは「日本人本位に考え」た平和論であった。日本人本位の考えとは、西洋、特に欧米の見方を模倣して、欧州大戦を善と悪との争いだったとする代わりに、「現状維持を便利とする国と現状破壊を便利とする国との争」だったと認識する事である。そして、真の平和のためにも、「黄白人の差別的待遇の撤廃」を要求すべきとした。この考え方は日本の戦争を正当化することにも繋がり、また平時のうちにアジア大陸への進出を図るべきとしていることから、従来の戦争・平和論の幅を広げるものであったといえるだろう。

五、パリ講和の意味
 結論的には、パリにおける講和会議で作り上げられた「平和」は、ウィルソン、レーニン、近衛の三様の見方のいずれにも相合するものではなく、したがって戦争の可能性をはらんだ一時的休戦とでも呼び得るものであった。そして、講和会議によって決定した1919年の平和には、対独懲罰的な面、新協調主義的な面に加えて、社会主義政権排除の面といった三つの側面がある。
 第一次世界大戦の数年間、戦争と平和についてかつて無いほどの論議が重ねられたが、結果として生まれたヴェルサイユ秩序の性格は曖昧であった。

対独懲罰的な平和:「国際政治においてドイツを孤立させ、いわば除外することを目指したもの」
新協調主義的な平和:国際紛争の平和的解決の原則として、「講和条件によって定められた新たな国境を『現状』」とし、それを交渉でなく武力で侵害しようとした場合は「集団安全保障の原則」を採用する。さらに、紛争を避けるために国際連盟を設置する。


<シタン先生の評価>
 現在の戦争と平和に関する思想の多くが、この時点で見られる点を認識できたのは大きな成果。ただし、章全体の繋がりとしては、少々難解。とりわけ、ヴェルサイユ秩序の登場の部分で、どのような経緯でヴェルサイユ秩序が登場したのかという点が述べられていないのは、大きな問題である。また、その内容についても説明が十分とは言えない。また、アメリカが第一次世界大戦参戦のために用意した正当化の論理を説明したが、そもそもアメリカがなぜ第一次世界大戦への参戦を決めたかが述べられていない点は、その正当化の論理をアプリオリなものにしかねない。


今回のレビューはこれで終了です。<シタン先生の評価>でも指摘しましたが、時期的にはかなり早い段階で、戦争・平和論の基本的な枠組みはすでに示されているんですね。例えば…、

・勢力均衡論(バランス・オブ・パワー)
・文化的であれば戦争はしない
・経済国際主義:経済の繋がりが深まれば戦争はできない
・人種戦争
・勝者の平和と現状打破
・資本主義の否定
・国際協調主義と国際法、国際機構
・国内改革:リベラル派による政権奪取

などなど。
この考え方を念頭においた上で、現在の問題を考えてみるというのも興味深いと思います。

・・私、ためになる記事書いてますね~(´ー`)y─┛~~

すみません、ウソです。ゴメンナサイ('A`;)


とオチたところで(マテ お別れです。

今回も読んで下さりありがとうございました☆それでは♪


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