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『戦争を知らない人のための靖国問題』レビュー

こんばんは、シタン先生です。


私事ではありますが、最近、精神的・体調的にすぐれない日々が続いています。

・味が分からない
・目の下のクマ
・頭痛&肩こり
・鼻炎
・集中力、根気の欠如


などなど…。


それなりに、睡眠時間は確保しているはずなので、恐らくは食生活の問題でしょう。

しかし、自分自身のために食生活を充実させようという考えが未だもって全くないんですよね。

空腹を満たせればそれで良いというか…。

それじゃぁ、いけないんですけど(^^;


そんな話は置いといて、今回は上坂冬子氏『戦争を知らない人のための靖国問題』をレビューします。

では、いってみましょう。

上坂冬子『戦争を知らない人のための靖国問題』文春新書 2006年


<本書の目的>
戦後の世代を対象に、戦中と占領下の苦難と当時の人々にとっての「靖国」を描き出す。そして、「靖国参拝問題」の否定派に反論を加える。


<本書の内容>
第1章「靖国神社は日本人にとってどんな存在だったか」では、まず戦後で靖国を知らない人が多い中で、靖国参拝の是非を論じることの無意味さを指摘する。そして、戦争が始まった頃の日本について言及し、戦争はある程度やむを得ないものであったことや、当時は死後、靖国に祀られたことを名誉とする考え方がマスコミなどを通じて広がっていたこと、そしてそのような戦時体制を良くも悪くも支えていたのが靖国神社であることを主張する。

第2章「敗戦で立場を失う」では、占領軍が靖国存続を決め、政教分離を求めたが、未だ日本独自の政教分離原則が定められていない点に対する不満を訴える。そして、日本は戦後わずか三ヶ月で初の戦没者慰霊をするといった日本国家の姿勢を評価し、その一方で戦後60年を経過した今になって合祀を批判する国は、筋が通っていないと主張する。また、当時の日本は「世界平和」を目ざして国民一丸となり戦争していた事を指摘し「2度と戦争イヤだ」と安易に主張する者の軽薄さを非難する。さらに「遊就館」には、戦前の日本の技術力を示す「かけがいのない博物館」という位置づけを与えたうえで、靖国を「軍国主義に駆り立てる」とする非難に対しては「歴史に全く無関心」と論理のなさやその姿勢に批判を加える。

第3章「日本は加害者か」では、敗戦国の裁きを受け、罪を負った今必要以上の“配慮”はいらない旨主張する。そして、今の日本は主体性がなく、安易に謝罪するだらしない国と不満を述べる。次に言及する「南京大虐殺」も、中国側の主張は事実と異なるものであり、このような前提を踏まえた上で「日本加害者論」の根拠の曖昧さを指摘する。そして、A級戦犯について、過去と現時点を無分別に混同して合祀に批判することについて批判を加える。満州国や日中戦争についてもつまるところは「お互い様」であり、簡単に日本を攻めることは出来ないと主張する。

第4部「東京裁判とA級戦犯」では、東京裁判の不公平さを指摘、そして、戦犯が処刑されたから日本が平和になったのであるとし、彼らの名誉ある死を訴える。

第5部「無知がまかり通っている」では、「日本人が自ら日本人を裁く」という考え方に対しては、戦後60年経過した今、当時の時流にどこまで近づけるのかと疑問を呈する。また、政教分離については首相の伊勢参拝や公明党を例に、靖国のみ厳格な政教分離を要求することの矛盾・無知を主張する。また、そもそも中華人民共和国は東京裁判に参加しておらず、また韓国にも同様であることから、そもそも靖国参拝を論じる「資格がない」とする。

第6部「裁いた側の異色」では、インド出身の東京裁判判事であるパール博士の主張を例に、日本のみがA級戦犯の如き罪を着せられるいわれがないという。

第7部「裁かれた側の異色」では、東条英機の独善の一方で彼の実務能力の高さや、人間的優しさを描き出し、彼は天皇を守るために東京裁判で裁かれたこと、さらには彼自身の言葉を借りて「勝者による裁き」の不当性、登場を悪玉として固定する問題を指摘する。

第8部「戦犯問題、ここがポイント」では、日本ではサンフランシスコ平和条約によって独立を果たした直後、いの一番に靖国参拝をしており、それに対しては中華人民共和国も批判をしていない点を示し、今頃になって靖国参拝を批判することの矛盾を指摘する。その他にも、日本の戦犯に関する肝心な取り決めであったサンフランシスコ平和条約に対しては、“判決”は受け入れているが、“裁判”は受け入れていない(judgementの和訳の問題)点を指摘する他、中国や韓国らは講和会議の場に参加しておらず、そもそもA級戦犯を論じる資格がないとする。

第9部「日本から戦犯が消えた日」では、サンフランシスコ平和条約締結の直後に制定された「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(における均一補償や「法務死」概念)や天皇発言からして、日本にはすでに戦犯なる者がいないとする。

第10部「近隣諸国の感情か、内政干渉か」では、なぜ今になって中国がA級戦犯合祀を問題にするのかについて、主に中曽根元首相の靖国参拝時の経緯や厚生省によるA級戦犯合祀の経緯を示す。そして、中国と日本における在任の取り扱いの違いを示した上で、中国がA級戦犯合祀を問題にするのは内政干渉であるとする。最終的にはこの問題は「怒る方(中国のこと※管理人注)が悪い」とする。

第11部「靖国神社は今のままで存続可能か」では、靖国神社は未だ「天皇陛下万歳」といって命を落とした人を祀る“神社”である点に注目し、信教の自由の観点から無宗教の施設「やすくに」にすべきであり、それを国家が護持すべきだとする。また、靖国神社自身が発言すべきであり、合祀の基準を明確にすべきだとする。

第12部「靖国問題決着のために」では、中国がA級戦犯合祀に反対するその内実を再び説明した上で、日本国内における「国立追悼施設を考える」動きに対して批判を加える。そして、国家として合祀の正当性を誠心誠意、話すべきだと(具体的には、中国や韓国に靖国参拝や合祀の問題を批判する資格はないということ)する。それでもなお、新たな追悼施設を建てたいのならば硫黄島が適切であるとし、そこでのエピソードを紹介する。

第13部「論拠のはっきりした政府声明を」では、中国と韓国に対する筆者の声明を示す。



<シタン先生の問題意識・評価>
 靖国問題についての「賛成派」の立場から書かれた一冊。冒頭では靖国問題について「当時の状況を知らずに靖国を論じるべきではない」としつつも、第6章では「当時の時流にどれだけ近づけるか」といった点を懸念しているなど、問題毎に論理を巧みに使い分けている点が大きな特長であろう。
 また、戦前・戦後社会の様子を筆者なりに紹介することで、戦後の世代である人々に当時の状況の一端を伝えている。ただし、残念ながらそのエピソードがややもすると読者の理解を妨げてしまう一面もまた否定出来ない。また、似通った問題ではあるが、合祀の問題と参拝の問題、靖国の正当性などの問題が幅広く論じられている点が、内容の充実をもたらす反面、初読者に対しては混乱を招いてしまう危険性もある。靖国問題に関して、本書のみで「靖国問題に終止符を打」(帯書き)てるかどうかについては、一定の留保をつけた方がよいだろう。しかし、それでも本書が非常に示唆的な一冊であることには変わりがない。


今回のレビューはこれにて終了です。

長めのレビューからはしばらく遠ざかっていたので、かなり時間がかかってしまいました(汗)

それにしても、私の靖国神社に関連する知識はまだまだです。本書を読んでいて恥ずかしい気持ちになりました。
これからも、靖国神社に関する書籍を読んでいきます(*´ー`)


今回も読んで下さりありがとうございました☆それでは♪


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テーマ : 靖国参拝
ジャンル : 政治・経済

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